インタビュー例
斎藤がはじめに出会った摂食障害者は洋子(仮名)という人である。1969年、当時彼女は25歳だった。彼女はいつも衝動的な行動ばかり起こしていたが、彼女の発信するメッセージは「私こそこの家の娘。いつまでもこの家においてね。」というものだったと斎藤は「翻訳」している。この人生を翻訳することが摂食障害者には必要だと主張している。
次に登場する信子(仮名)は過食行為そのものが単に飢餓をみたすこと以外であることを説明している。信子はアルコールをはじめ、ドラッグや自傷行為を繰り返していた。医療は信子の持つようなドラッグ・アディクションとアルコホリズムに対応し、失敗したという。よって信子の過食行動を他の面から考えていく必要がある。ここで斉藤はこれを「すりかえ行動」と呼ぶ。すりかえ行動とは、本当の欲しいものを得る可能性が難しいと他のもので埋めようとすることである。